近所に「のらや」といううどん屋があって時々そこで昼食をとる。皿などの食器が猫の顔のかたちをしているが、店は古い農家風、「のらや」に漢字を当てたら野良屋なのだろうが、でも、内田
の「ノラや」を連想させもする。ネットで調べてみたら、このうどん屋、関西圏を中心にかなり手広く事業を展開していた。
「のらや」できつねうどんを食べるたびに(きつねうどんが大好き!)、かならず
の「ノラや」を連想する。名前は知っているが、実は
の代表作とも言うべき「ノラや」をまだ読んでいない。先日、ふと思いついて、ちくま文庫の『ノラや』を一挙に読んだ。
紛れ込んできた野良猫の雄をノラと呼んで飼い始めるが、ある日、ノラがいなくなる。八方に手をつくして探すが見つからない。作者は、つまり
は、ノラを案じて泣いてばかり。「ノラやノラや、お前はもう帰って来ないのか」と涙を流す。「一人でいれば、あたり構わずどこでも泣き出す。はばかりの中は特にそうで、一人でワアワア泣いた。少し気をつけなければ、御近所へ聞こえてしまうと家内がたしなめた」というのだから尋常ではない。
「当時の私はまだ七十歳に成るか、成らずであった」というが、その年齢にして泣きに泣く、消えた猫を思ってしきりに泣くのは、これ、どういうことだろう。少しぼけかかっているのか、それともとても純なのか。
実は、私は猫にさほどの関心がない。どちらかというと犬派である。犬を飼っていたころ、散歩の途中で野良猫に出会うと、犬をけしかけて面白がっていたのだから、猫派から見たら敵かもしれない。でも、子どものころは家に猫がおり、結構親しんでいた。猫がきらいというわけでもない。
そんな私から見たら、「ノラやノラや」と泣く七十歳の
は常軌を逸しているとしか思えない。だが、その常軌を逸するところがいいのだろう。七十歳にもなってみっともない、という感じなのだが、七十歳にもなればそんな感じになかなかなれないのではないか。

ところで、
は学生時代から俳句を作り、俳句雑誌を主宰したほどの俳句好きだが、端的に言ってその俳句は面白くない。ちくま文庫の『百鬼園俳句帖』に彼の作った全句が集められているが、なんだかまじめ過ぎるのである。俳句はこうでなければならない、という思いが硬直していたようだ。あの「ノラやノラや」と泣くしどけなさがない。そんな彼の俳句の中で掲出した地震の句は例外的によい出来だろう。清楚な茶の花のかすかな揺れが目に見える。地震のもたらす不安感に現実感(リアリティ)がある。
『佛大通信』Vol.556(平成24年1月号)より転載

