お散歩京都学 対談:谷口 知子×大束 貢生


「ただ」であるものに「コスト」が発生するという考えが受けとめられるか。(大束)/メンタルな部分も関わり、そこにも私は対価をつけたかったんです。(谷口)

なぜ看護師か

谷口 私はもともと看護師ですが、私の母校の京都市立看護短期大学がなくなってしまうんです。今後、履歴書にどう書いたらいいのやら(笑)。

大束 そもそも看護師になろうと思ったのはどういうところからなのですか。

谷口 本がたくさんある環境で育ったので「本好き」です。だから、小学校の図書館も大好きでした。2年生の時に図書館で借りた『ヒマラヤの孤児マヤ』は、医療系の海外協力隊の日本人夫婦とマヤとの日々のふれ合いを書いているのですが、そこに登場する5つの職業に魅力を感じたのです。医師、薬剤師、保健師、看護師、栄養師。どれかになりたいなと。
 しかし、高校生にもなると、現実的思考を、私は消極的思考と呼んでいますが(笑)、取るようになります。高3の時の偏差値では医者も薬剤師もダメ、栄養師については、私は家庭科が嫌いでしたから、除外、ですから看護師なんです。

大束 10年間も変わらずに、5つの職業を目指していたのですか。

谷口 建築士にも憧れましたね(笑)。それはそれとして、私は自分が将来は結婚しないだろうと思っていました(笑)。ですから手に職をつけよう、自分で稼いでいくには看護師は一石二鳥だろうと。


「越境の知」で多様なものを受けとめる

大束 今は事業を起こしていますが、そのきっかけは?

谷口 話は長くなりますけど(笑)。看護短大3年の時に、就職は救急救命にと思い、卒業して行きましたが、1年で7キロもやせてしまい、死ぬのではないかと思いました。そして、公立病院の試験・面接を受けたのです。私は「石の上にも3年」で頑張ります、と。そしたら「手術室」に回された(笑)。
 私は30才で立命館大学の産業社会学部に入るのですが、ここで考えをガラッと変えられました。今まで、看護はこうあるべきだ、何はこうあるべきだと考えていましたが、そんなやせている理論ではいけないと教えられました。また社会学は「越境の知」であり、多様なものを受けとめることの大切さも教えられました。
 大学4回生の時にいったん、看護師をやめました。学生生活を謳歌しており、経営学部のマーケティング論なども受けていました。その先生が「京都起業家学校」の講師もしており、受講しないかといわれ、深く考えず(笑)行ってしまいました。


皆笑っていない 〜もっと早く頼ればよかった〜

谷口 ある時ふと思ったのです。友人たちが結婚して出産という時になりますが、皆笑っていない。辛い顔、暗い顔をしている。幸せな顔をしていない。道を行く妊婦さんたちもそう。これは、よっぽど男が悪いのか、男選びを間違ったのか、理由を真剣に考えました(笑)。
 で、これは個々人の問題だけではないだろう、システムにも問題があるのではないか、と考えました。現在、出産入院期間は最短3泊4日です。出産後は産後1か月の保健所での検診があるだけ。それではアカンと、厚労省が4か月まで「こんにちは赤ちゃん」事業を実施するようになりましたが、自治体によっては1軒15分の訪問です。これではスタンプラリーですよ(笑)。病院も行政も、妊婦さんたちをケアしきれない、であれば、何かしなければと思うようになりました。

産後うつというのは東京都のデータによると、約7人に1人、2004年の九州のデータでは10人に1人、大変な数字です。まして死産の場合のケア、グリーフケアはありません。「時が解決してくれる」とよく言いますが、時だけで解決できるという考えは安直です。また、妻の妊産期は夫も不安になるというデータは1986年に海外で出ていました。しかし、不安な妻を支える夫たちの、心理的に不安なダンナさんたちを誰が支えるのか?
 最終的に私を後押ししてくれたのは、友人である助産師の死なんです。彼女は私と、誕生日も一緒、血液型も一緒、同期に看護学校に入り、就職した病院も一緒だった。ある時、彼女は末期癌で余命3か月と宣告される。私は自問自答したんです。なぜ彼女で、私ではないのか。占いのページは絶対に一緒なのに、なぜ彼女なのか。何かしなければと思いました。
 彼女にはダンナもいて子どもも2人いました。結婚10年目のダンナさんが、彼女自身が想像できなかったほど、この時彼女に尽くしたそうです。彼女を救うためにどうすればいいか、と一生懸命考えて尽くした。彼女が私と2人になった時、ポツンと言いました。「こんなに頼りになるとは思わなかった」そして「ダンナがこんなに頼りになるなら、もっと早く頼ればよかった」。
 みんな、ダンナさんにわかってほしいと思っているんです。夫婦のコミュニケーションのあり方、向き合い方を教育するところはないでしょうが、こんな思いをする人たちはいっぱいいるのではないか。結局、妊産期とは男女の関係(コミュニケーション)のことなんだ、それを何とかしたい、と思ったんですね。そして、病院を飛び出した。


なぜNPOではないのか 〜理念は社会貢献〜

谷口 私は看護学だけでは人を救えない・ケアできない、と考えるようになっていました。看護学は「実践の科学」であり、これと、社会学の「越境の知」を融合できないだろうかと。私が、ニーズはあるけれども市場のない、この仕事をしようと決めた時、先輩の尊敬できる看護師さんが言ってくれたのが「10年頑張れるか」ということでした。

谷口さん絶賛の漫画『ぢごぷり』
木尾士目(きおしもく)作
講談社
アフタヌーンKC
全2冊
【1巻09年5月発行
2巻10年7月発行
©木尾士目/講談社】
産後うつへの傾斜を描いた怪作。生まれたばかりのユメちゃんと、あゆみ(母親)とその妹かなめの育児の日々の、リアルな心理描写は、まさに出産経験のある女性のものと勘違いしてしまうほど。時々刻々に揺れ動く二人のココロとカラダに、読者は身も心も震えてしまう。

この仕事の説明をすることは難しいのです。私はとにかく「語る場所」が欲しかったですね。今やっと5年目です。やっと煙が出てきた感じ。やっぱり10年はかかりますね(笑)。

大束 なぜNPO法人ではないのか、と思うんですが。

谷口 迷ったんです。04年当時、NPOがすでにいぶかられていたんですね。そこで、いぶかられないためにも、私の本気度を見せるためにも、私が望む自由度を確保するためにも、有限会社という法人格にしたのですが、会社がどういうものかを知らないでつくってしまった(笑)。

大束 現在の状況を見ますと、NPOだともっといいのにと思います(笑)。世間も聞いてくれるでしょうし。こうした活動はNPOにピッタリです。

谷口 それはよく言われますし、私もよくそう思います(笑)。でも、企業ですが、理念は社会貢献です。今後、NPOをつくるかもしれませんが、異業種の方々が集まった自由なNPO法人が希望です(笑)。


男性に対するサポート

大束 近代というのは、自立して生きることが素晴らしいという考えが基本にあるだろうと思います。経済的にも独立していくというモデルですが、それが今は崩壊している。現在のように社会的弱者がどんどん弱くなっている現状では、自立が難しくなってきており、孤立化していっている。私自身は「男性運動」をしていますが、ジェンダー論との関わりから、男性は強くあれという社会の中で、男たちは孤立化している、「助けて」と言えない状況があると思います。
 今、谷口さんのお話を聞いていて思うのは、男性がいかに育児に関われるのか、男は何をしたらいいのか、が問題になっていると思います。それを学ぶ場所も機会もないですね。そもそも男性に対するサポートをいかにやられているのか、をお聞かせください。

谷口 それは、間接的なんです。私たちがいるというだけで、安心されるんですね。それには、一番最初の事例をお話しするのがいいと思います。
 妊娠された奥さんは仕事をやめて、家にいる。ダンナさんは夜勤などもある忙しい方でした。妊娠初期は1か月に1回の受診です。通院日にモニターで確認できる時は、赤ちゃんが元気なのかどうか確認することもできます。しかし、次の受診日までは、お腹の赤ちゃんがどうしているか確認することもできないし、一人で守らなければならない、そんな感覚に陥るのです。神経質過ぎるという人もいると思います。でもお腹にいるとわかった瞬間から、守らなければ、という使命感というか責任感をもたれている証拠ともいえるのではないでしょうか。
 私たちのシステムは、妊娠中は月1回の訪問、出産入院中は産院訪問、産後は2か月まで2週間に1回の訪問です。私たちは、支援とは出向くことだと考えています。奥さんの心身疲労は産後2週間がピークです。赤ちゃんがいる生活を受けとめ始めると共に、夜泣きや授乳などいろんなことに悩み始める時期なのです。それをみて周囲もいろんなことをアドバイスとして言い始める。それが意外にうまく受け入れられず、イライラしたりする。

私たちは、妊娠中から信頼関係を築く努力をしているからこそ、他人だからこそ、時には泣きながら、奥さんに素直に気持ちを語っていただけます。奥さんは、私たちが行く日をカレンダーに印を付けて待っていてくれます。ダンナさんはそれを見て、自分と共に支えてくれる人がいる、あるいは自分一人だけで支えなくてもいい、と思うことができます。ダンナさんはこうもおっしゃっていました。「自分や、妻の両親や、自分の両親が支えてくれるだろう、そんなふうに思っていた。でも身内は近すぎて素直になれない。子育ての経験があるけど時代は違う。妻の苛立ちや疲れをそばでみていてどうしたらいいのかわからなかった。谷口さんが来た日、すっきりした妻の顔を見て、他人だからこそ素直になれることも沢山あるんだな、と。それまで、なんとなく谷口さんの役割をわかっていたつもりだったけど、ピンときていなかった。でもあの日、谷口さんの存在の意味を強く感じた。そして専門性ってこういうことなんやな、って思った。」
 私にとって男性支援が楽しいのは、できる男性ほど行動が早い、変化が早い、ということです。そして、そのプロセスを見て、奥さんは頼もしいと思うんです。そしてコミュニケーションがうまく行く。信頼関係が生まれる。私たちは「夫婦の黒子役」かもしれません(笑)。こういったことは、布教活動のごとく地道に伝えていくしかないのかなと。その手段の一つとして「体感コミュニケーション」を設け、事業としていろんなところで実施しています。受講された方から「両親教室でもやって欲しい」と言われました(笑)。


命の始まりも同じ額にしよう

大束 谷口さんの事業はボランティアではない、慈善事業ではないのですから、費用はどうなっているのですか。

谷口 現在見直しているところですが、この事業を始めた時には、介護保険から算出しました。命の始まりも同じ額にしようと、あえて一緒にしました。1年間で35万円(プラス税)。NHKでも取り上げられて、その額が発言された時には、皆、引いたそうです(笑)。

大束 こういう事業は全くありませんでしたね。そもそも、昔から、地域や家族が、言ってみれば、誰かが犠牲になってやってきたもので、女性が主でした。unpaid workといわれる家事労働ですから、「ただ」であるものに「コスト」が発生するという考えが受けとめられるか、ですね。しかし正当な対価として、事業としてやりましょう、ということですね。

谷口 よく言うのは「営利だけど暴利ではない」ということ。メンタルな部分も関わり、そこにも私は対価をつけたかったんですね。そして価格は下げたくなかった。個人負担を下げるために、会社の福利厚生として負担できないかと考えてきました。また、あるところでは、親世代、いわゆる団塊の世代の人たちならその額は出すだろうと言われたことはあります。


妊産期はサポートする時期

大束 団塊の世代といえば、彼らは、特に男性は、語ることが少ないですね。地域では何をしているのでしょう。

谷口 彼ら、おじさんたちが変われると社会は激的に変化すると思います。しかし、すぐには変われないのですから、変わるための老後のリスクマネジメントをしてほしいですね(笑)。
 妻たちは逃げたがっています。夫婦が妊産期に向かい合わなかったら、10年後には崩壊の危機が必ず来ると、私は確信に近い仮説を立てています。妻の愛情はダダ下がりになる、という論文もあるし(笑)。
 私は介護にも関わっていますが、介護というのはある意味で家族の危機なんです。妻と夫の向き合い方が問題になります。妊産期という、妻がサポートしてほしい時期に向き合ったかどうかで、その危機を回避できるのではないでしょうか。人生という枠組みで見た時に、妊産期は費用対効果がものすごく高いと思いますよ(笑)。

大束 コストパフォーマンスですか(笑)。事業としてやっているのですから、そういう言い方も必要でしょう。

谷口 エッジの効いた言葉が効果的な場合もありますから(笑)。
 私の母が60過ぎの時に言った言葉があります。「あんたが泣いたら、お父さんは起きてくれたんやで」。私が赤ん坊の時に父が示した行いを、30年以上も心に留めていたんです。父が自分(母)に向き合った、その感謝を忘れていないんです。
 介護は、やっと動いたんです。外部が入ることで、姑さんだけが背負うもの、ではなくなった。子育てもそうなってこないといけないと思います。

大束 人を支援することに、ちゃんとした、正当な費用を考えないといけないし、国はそのような支援を、事業として成立させるようなことをしないといけないでしょう。

谷口 私は、継続しないと意味がないと思っているんです。

大束 伺っていて、やはり、現場が大切ですね。その中から生まれてくることに対峙して、真摯にやっていらっしゃる。観察者になってはいけないと感銘しました。ありがとうございました。僕の学生たちにも、ぜひ話をしてください。



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(撮影:酒井勘喜)
『佛大通信』Vol.546(平成23年3月号)より転載

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